千円札の人物を歴代〜現在まで!名前と成し遂げた偉業をチェック!

お財布に必ず入っているお札といえば、千円札です。

今回は千円札の人物を歴代〜現在まで名前と成し遂げた偉業をチェックしてみます。

千円札大好きな人、お金の人物に興味のある人、必見です。

千円札の人物を歴代〜現在まで!名前と成し遂げた偉業をチェック!

千円札の人物を最初から並べてみます。

皆さま、どれだけの人物をご存知でしょうか?

日本武尊と建部神社(甲号券)


引用:http://takebetaisha.jp


引用元:https://note.antique-coin.info

発行は1945年(昭和20年)8月17日、通用停止は1946年(昭和21年)3月2日です。

★日本武尊(やまとたけるのみこと)と建部神社について

日本武尊は建部神社の祭神です。

日本武尊は生年不詳で、日本の皇族と言われています。

「日本書紀」や「古事記」でその活躍ぶりが描かれているのです。

筆者の好きな話をご紹介します。

「古事記」出ている話で、悲しいのですが、相模(静岡辺り)から、現在の横須賀辺りになる走水の海が神の怒りのために荒れました。

そのため、后の弟橘比売が人柱のように自らが犠牲になって入水し、海の神の怒りを抑えたのです。

一行は上総の国(木更津辺り)に渡れました。

后は火攻めに遭いながらも自分を気遣ってくれた夫である日本武尊を思って自らが犠牲になったのです。

后はその気持を和歌にしています。

原文: 佐泥佐斯 佐賀牟能袁怒邇 毛由流肥能 本那迦邇多知弖 斗比斯岐美波母
読み下し: さねさし相模の小野に燃ゆる火の 火中に立ちて問ひし君はも
訳: 相模野の燃える火の中で、私を気遣って声をかけて下さったあなたよ……
Wikipediaより引用

日本武尊は後に東国で「吾妻はや(わが妻よ)」と嘆いたらしく、そこが現在の吾妻郡嬬恋村(つまごいむら)だとか。

★なぜ、千円札に採用されたの?

お札に採用される基準は、日本が世界に誇れる人物であること、広く人々に知られている人物であること、偽装が出来ない様に精密は写真、絵画が入手しやすいことが挙げられるそうです。

その意味で日本武尊と建部神社は当時の日本に合っていたのでしょう。

何しろ、昭和20年の8月17日というと、戦争に負けたばかりの頃。

すぐにこういったことが決まったわけではないでしょうから、強さの象徴として日本武尊と祭られている神社が挙げられていたのかもしれません。

★裏面と紙幣価値について

裏面は千円という額が書かれているのみでこれに関する情報は特にないのですが、この紙幣自体にものすごい価値があります。

なにしろ、インフレのよる物価高騰のために半年しか出回っていなかったので、価値は未使用で50万だとか。

もし、どこかで見つけたら大事にしましょう。




聖徳太子(B号券)


引用元:https://upload.wikimedia.org/


引用元:https://ja.wikipedia.org/

発行は1950年(昭和25年)1月7日、支払停止日は1965年(昭和40年)1月4日です。

★聖徳太子について

聖徳太子は574年生まれで622年に没したと言われています。

飛鳥(あすか)時代の用明天皇の皇子で後に叔母にあたる推古天皇の摂政となり、政治を司り、仏教の普及にも力を入れました。

十七条の憲法、法隆寺、四天王寺の建立という歴史の産物を残したことでも有名です。

★千円札に採用された理由

聖徳太子がお札に採用されたのは、日本が世界に誇れる人物であること、広く人々に知られている人物であること、偽装が出来ない様に精密は写真、絵画が入手しやすいことぁらでしょう。

聖徳太子は千円だけでなく、百円、五千円、一万円と日本で一番お札に登場した人です。

天才だったという逸話もありますので、それだけ国民的人気が高いのでしょう。

因みに筆者は聖徳太子について描かれた山岸涼子さんの漫画「日出処の天子」が大好きでした。

アマゾンでも買えますので、良かったら読んでみてください。

聖徳太子も蘇我入鹿もなかなかのイケメンです。

★裏面はお住まい

聖徳太子の千円札の裏側は法隆寺夢殿(聖徳太子一族の住まいがあった場所)です。

ゆかりのある場所として、また信仰の対象として裏側に描いているのでしょう。

太子が住んでいた当時は、斑鳩の宮というところだったようです。

かつてはそこに一家の幸せがあったのでしょう。




伊藤博文(C号券)


引用元:https://upload.wikimedia.org/


引用元:https://upload.wikimedia.org/

発行は1963年(昭和38年)11月1日、支払停止日は1986年(昭和61年)1月4日です。

★伊藤博文について

この方は大河ドラマ等で有名なので、ご存知の人は多いでしょう。

伊藤博文(1841~1909)は吉田松陰に学び、討幕運動に参加した武士でした。

明治18年には内閣制度を創設し、初代総理大臣となりましたから、おまの政治の礎を築いた人です。

★千円札に採用された理由

理由はやはり、下記のとおりです。

日本が世界に誇れる人物であること、広く人々に知られている人物であること、偽装が出来ない様に精密は写真、絵画が入手しやすいことでしょう。

何と言っても初代の内閣総理大臣です。

★裏面は日本銀行の誇り?

裏側は日本銀行本店の旧館です。

旧館については日本銀行のホームページにこのようなことが書かれていました。

明治29年に完成しました。明治中期の西洋式建築物としては、東京・赤坂の迎賓館(げいひんかん)とならぶ傑作(けっさく)といわれており、国の重要文化財にも指定されています。
https://www.boj.or.jp/z/tour/b/kyukan/index.htmより

日本銀行としても誇らしい建物なので、初代内閣総理大臣にふさわしいということでしょうか。




夏目漱石(D号券)


引用元:https://upload.wikimedia.org/


引用元:https://upload.wikimedia.org

発行は1984年(昭和59年)11月1日、支払停止日は2007年(平成19年)4月2日です.

★夏目漱石について

夏目漱石(1867~1916)は本名、金之助です。

小説家として有名な方で高校の教科書に「こころ」が載っていたり、「坊ちゃん」を読書感想文で書いたり、新聞小説で「三四郎」「吾輩は猫である」「それから」を読んだりなど、筆者にとっては思い出深い人です。

東大英文科卒後松山中学,五高教師を経て1900年渡英し、帰国後は一高,東大講師でした。

1907年朝日新聞入社後も「虞美人草」など、数々の小説を発表しています。

★千円札に採用された理由

やはり、他の方々といっしょでしょう。

日本が世界に誇れる人物であること、広く人々に知られている人物であること、偽装が出来ない様に精密は写真、絵画が入手しやすいことと思われます。

★裏面はツルの仲間のタンチョウ

タンチョウとは日本古来の鳥で、昔話にも良く出てくる親しみ深さがあるので、このような人が良く使う1000円札に採用されたのかもしれませんね。

また、昔話にでてくるということで、文学と関係深いということかも。




野口英世(E号券)


引用元:https://upload.wikimedia.org/


引用元:https://upload.wikimedia.org/

発行は2004年(平成16年)11月1日で今も発行中です。

★野口英世について

野口英世は(1876~1928)は明治9年、福島県猪苗代に生まれました。

1歳半の時に左手に大やけどを負いながらも、周囲や家族の助けもあり、苦難を乗り越えて医学の道に進んだのです。

自らの左手が手術によって回復したことが大きかったのでしょう。

アメリカに渡り、ロックフェラー医学研究所に勤め、世界で活躍。

ノーベル賞の候補にもなりました。

しかし、昭和3年、西アフリカのアクラ(現ガーナ共和国)で黄熱病の研究に八頭触ったことが原因で自らも感染し51歳で亡くなったのです。

★採用の理由

採用された理由はもう、明らかですね。

野口英世は世界に誇る研究者で日本中、知らない人はいないでしょう。

筆者は小学校のころ、学校の図書館の「偉い人の話」で知りました。

★裏面は逆さ富士

実はこの逆さ富士は旧五千円札にもデザインされていました。

本栖湖の湖面に映る美しい「逆さ富士」は、なかなか見られない光景なので縁起が良いという意味もあるかもしれませんし、偽造防止になるのかもしれません。

このように貴重な写真をデザインしたものですから、なかなかマネできないはずです。




お金は大事に

いかがでしたか。

千円札にもいろいろなお話がありますね。

このように、先人たちが築き上げてくれたお金という文化を大事にしたいものです。

千円札もむだ使いしないで、大事に使いましょう。

<トップ画像引用>https://sccw81.com/










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